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岐阜地方裁判所 昭和61年(行ウ)3号 判決 1988年3月09日

原告 吉田繁政

被告 岐阜南税務署長

代理人 小島浩 加藤光明 宇野力 中垣内進 中島勝 大堀仁士 ほか二名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五九年七月九日付けで原告の昭和五七年分の所得税についてした更正及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の昭和五七年分の所得について、原告のした確定申告及び修正申告、これに対して被告のした更正(以下、「本件更正」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件決定」という。)並びに、国税不服審判所長がした審査裁決の経緯等は別表(一)記載のとおりである。

2  しかしながら、原告の昭和五七年分における所得等の金額は、別表(一)の昭和五九年五月一日付け修正申告欄記載のとおりであつて、本件更正は分離課税の長期譲渡所得の金額を過大に認定した違法があり、したがつて、また、本件更正を前提としてされた本件決定も違法である。

よつて、本件更正及び本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1の事実は認める。

同2は争う。

三  抗弁

1  原告の昭和五七年分の総合課税の所得金額は二一九万〇八八七円であつて右金額に諸控除を行なつた後の課税される総所得金額は九五万一〇〇〇円である。

2  原告には、右の他、分離課税となる長期譲渡所得がある。すなわち、原告は、昭和五七年九月三〇日、訴外揖斐川工業株式会社に対し、市街化区域内にある別紙物件目録の一記載の農地(以下、「本件農地」という。)を代金一億四三九九万円で譲渡し、右代金を取得した。

3  原告の右譲渡所得の金額を計算すると、別表(二)のとおり、一億三一三九万〇五〇〇円となる。右譲渡所得金額(一〇〇〇円未満切捨て)及び1の課税される総所得金額に対する税額を計算すると、別表(三)のとおり、三六七三万一一〇〇円となり、また、国税通則法六五条一項により、過少申告加算税額を計算すると、別表(四)のとおり一五一万円となる。

4(一)  なお、原告は昭和五七年一二月二〇日別紙物件目録の二記載の農地(以下、「物件二の農地」という。)を、同五八年四月三〇日、同目録の三記載の農地(以下、「物件三の農地」という。)をそれぞれ購入して、代金合計一億〇九〇〇万二六四〇円を支払つた。

(二)  しかし、本件農地の売却及び物件二及び三の農地の購入については、以下の理由から、租税特別措置法(以下、「措置法」という。)三七条一項の適用はない。

(1) 原告はアパートを経営し、かつ、農業に従事するものであるが、昭和五五年七月四日、訴外市橋農業協同組合(以下、「市橋農協」という。)との間で、本件農地について、次の内容の水田預託契約を締結し、本件農地を売却した昭和五七年九月三〇日までの間、毎年右契約を更新してきて、その間、本件農地について全く耕作しなかつた。

<1> 市橋農協は預託水田(本件農地をさす。以下、同じ。)について転作を希望する者を選定し、あらかじめ原告の同意を得た上で原告を代理して、当該希望者との間で、転作を目的とする使用貸借契約を締結する。

<2> 市橋農協は、預託水田が転作を目的として利用されるようになるまでの間、預託水田を適切に保全管理する。

<3> 契約期間は一年とする。

<4> 市橋農協及び原告は、原告が預託水田につき、自ら転作を行う場合などの他は、契約を解除しないものとする。

(2) 措置法三七条一項にいう「事業の用に供しているもの」とは原則として譲渡当時、現実かつ継続的に事業の用に供していることを要し、譲渡当時、現実にはその資産を事業の用に使つていなくても、事業の用に供する意図をもつてこれを所有し、かつ、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であつた場合もこれに含まれるが、預託水田である本件農地については、預託者である原告は、自ら転作を行うべく、預託契約を解除しない限り、本件農地を耕作することができず、しかも、預託者たる原告は、いつまでも自己転作を選択することにより水田以外の農作ができたにもかかわらず、これを選択していないのであるから、水田預託をしている間は、預託者たる原告に、右農地を事業の用に供する意図があつたものとは認められないし、また、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白なものとは認められない。よつて、本件農地は、「事業の用に供しているもの」に該当しない。

(3) 原告は、事業の用に供しているか否かは事業者の事業全体との関連で判断すべきであると主張するが、措置法三七条一項の文言からいつて、事業の用に供しているか否かは当該譲渡された資産の現況で判断すべきことは当然である。また、原告の主張は措置法三七条一項に関する二つの通達についての自らの解釈をその根拠とするのであるが、原告の右通達の解釈は誤つている。すなわち、通達三七―二一は本件の問題と違つて、買換資産を当該個人の事業の用に供したことの意義についての通達である上、通達自体「(1)土地の上にその者の建物、構築物等の建設等をする場合においても、当該建物、構築物等が事業の用に供されないときにおける当該土地は、事業の用に供したものに該当しない。(2)空閑地(運動場、物品置場、駐車場等として利用している土地であつても、特別の施設を設けていないものを含む。)である土地、空き屋である建物等は、事業の用に供したものに該当しない。」と定め、買換資産を現実に事業の用に供していることを原則としており、物品置場、駐車場等については例外として、常時利用している土地でかつ事業の遂行上通常必要なものとして合理的と認められる程度のものに限つて、これを認めているに過ぎないのである。通達三七―四についてみると、本文において「譲渡資産が事業の用と事業以外の用とに併せて供されている場合の措置法三七条一項の規定の適用については、その事業の用に供されていた部分を「事業の用に供しているもの」とする。」とし、更に注において「事業用部分と非事業用部分は、原則として、面積の比により判定するものとする。」と定めているとおり、当該譲渡資産が事業の用に供されているか否かによつて判定するのである。なお、原告の主張するように「その事業の用に供されていた部分がおおむね九〇パーセント以上である場合には、その資産の全部を『事業の用に供しているもの』とする」ことを前提にしてこれを事業全体で判断するものと仮定すると、仮に、九一ヘクタールの牧場と九ヘクタールの空閑地合計一〇〇ヘクタールを所有する者は、右九ヘクタールの空閑地のみを譲渡し、そのことにより数億円の所有を得た場合であつたとしても措置法三七条一項の規定の適用があることとなり、著しく公平を欠き、正義に反する結果を招くことは明らかである。

(4) 原告は、国の水田利用再編対策によつて従わない者にペナルテイーを課されてまで転作が義務づけられ、水田預託契約が事実上義務づけられている旨主張するが、まず第一に、水田利用再編対策要綱の実施態様は預託水田に限られずむしろ自己転作が第一に予定されており、当然のことながら、原告も、その自由意思によつて自己転作を選択することは可能であつたこと、第二に、水田利用再編対策要綱において転作目標を下回つた場合にペナルテイーが課せられる旨規定されてはいるが、右目標面積は第一次的に都道府県別、次に市町村別、続いて農業者別に配分され、目標未達成か否かを右順序で判定するため、農業者個人が目標未達成であつても直ちにペナルテイーには結びつかず、実際、本件においても、原告はその所属する市橋水田利用再編対策推進協議会の転作目標面積に不足しているが、岐阜県全体では目標面積が達成されているため、何らのペナルテイーも受けていないこと、第三に、ペナルテイーの具体的内容をみても、目標未達成の場合に、翌年度の割当面積が上乗せされ、右割当分については政府買い入れ米として取り扱われないため、一俵あたり二〇〇〇円程安くなるというにすぎず、ほとんど実際の影響がないことからいつて、原告の右主張は失当である。

(5) 原告は、措置法三七条一項中、農地の場合の課税の繰り延べの特例は土地の有効利用の見地から市街化区域内にある農地を宅地に転換し、右農地の所有者を市街化区域外へ誘導しようという国の土地政策から定められたものであつて、原告は、まさに右政策に従つて市街化区域内の農地を処分し、市街化区域外に農地を求めそこで営農を続けているのであるから、右立法趣旨からいつて、特例の適用を受けてしかるべきである旨主張するが、本件においては、そもそも預託水田が事業の用に供している資産にあたるかどうかが問題なのであつて、右の主張は直接関係がなく、また、市街化区域内の農業の用に供している土地についてのみ措置法三七条一項の適用されるべきことは条文上言うまでもないから、主張自体失当である。

(6) 原告は預託水田について国から管理転作奨励補助金が支給されていることを理由に、預託水田は事業の用に供しているものである旨主張するが、右補助金は、賃貸借契約における資料等とは性質を異にする意味合いのものである上、その金額も、原告が、本件農地につき受けたものが、昭和五六年分、昭和五七年分各一万五七〇八円であるところから明らかなように、些少であり、到底事業として成り立たせるような収支相償わせるものではないから、原告の右主張は失当である。

5  原告は、本件農地を売却し、その面積の五倍を超える物件二及び三の農地を購入しているにもかかわらず、措置法三七条六項、措置法施行令二五条一三項二号(昭和五七年政令第七二号による改正前のもの。以下同じ。)措置法施行規則一八条の五、第六項所定の農業委員会の証明書を添付せず、確定申告をしている。

したがつて措置法三七条二項、措置法施行令二五条一三項本文により、原告が新たに取得した物件二及び三の農地(面積合計三〇一五平方メートル)のうち、本件農地(面積四七六平方メートル)の五倍(二三八〇平方メートル)を超える部分については、措置法三七条一項を適用する余地はない。

なお、本主張は、更正の理由に付記されず、本件取得訴訟において新たに被告が提出したものであるが、そもそも課税処分取消訴訟の審判の対象は、当該処分の違法一般であるし、また、原告は青色申告者であるものの、本件は青色申告書提出承認の対象外である分離長期譲渡所得について更正をした場合であつて、いわゆる青色申告書に係る更正をする場合と違つて理由付記は法律上要求されていないから、いわゆる白色申告に対する更正と同様に、主張立証は制限をされないと解すべきである。したがつて、被告が、取消訴訟において、本主張を新たに提出することは何ら妨げられないというべきである。

6  以上のとおりであるから、本件更正及び本件決定はいずれも適法である。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1及び2の事実は認める。

2  同3及び6は争う。

3  同4については、(一)の事実及び(二)の(1)の事実は認めるが、本件農地が「事業の用に供しているもの」に該当せずしたがつて措置法三七一項が適用にならないとの主張は争う。

本件農地は、以下の理由のとおり、原告の事業の用に、供していたものであるから、措置法三七条一項を適用すべきである。

(一) 措置法三七条一項に規定する事業用資産については、現に事業の用に供されているもののほか、事業への現実の供用を了した後においても、相当期間内は未だ事業用資産としての性質を失うものではないと解される。

(二) 措置法三七条一項にいう「事業の用に供している」か否かは、個々の資産についての利用状況だけで判断するのではなくして、事業者の事業全体との関係で判断すべきである。

例えば、ある経営者が一〇筆の一団の土地(一〇〇〇坪)を所有し、そこに六〇〇坪の染色工場を建て、その余の四〇〇坪は、通路、駐車場、植込み等に使用していて、右一〇〇〇坪全部の土地を譲渡した場合、植込みの用地になつていた土地も、その土地だけの利用状況を見れば染色業と無関係であるが、事業全体の中で判断すれば、当然、事業の用に供していると判断されるべきである。

そして、措置法に関する通達三七―二一でも「空閑地(運動場、物品置場、駐車場等として利用されている土地等で、そのための特別の施設の設けられていないものを含む。)となつている土地等は、事業の用に供されているものには該当しない。ただし、物品置場、駐車場等として常時使用されている土地等でその者の事業の遂行上通常必要と認められるものは、そのために特別の施設が設けられていないものであつても、その事業の規模内容に照らして合理的であると認められる程度のものであれば、事業の用に供されているものに該当すると判断して差し支えない。」とし、また、同じく通達三七―四でも「その事業の用に供されている部分がその資産のおおむね九〇パーセント以上を占めている場合には、その資産の全部が事業の用に供されているものとして判定することができる。」としており、右の理を認めた運用をしている。

更に、予備の資産が必要な事業における当該予備の資産(例えば、現に使用中のモーターの他、故障の際、切替えるべき予備のモーターを備えた場合)等、事業者の事業を総合的に判断して現に事業を継続するためその存在がやむを得ないと認められる資産は、直接事業の用に供せられていなくてもなお「事業の用に供している」資産と解される。

本件の場合も、まさに、右の事例と同様であつて、たまたま本件農地につき、水田預託契約がなされ、現実に農作物が栽培されていなくとも、原告の農業全体の中でみれば、当然、事業の用に供していたものと解されるべき事案である。

(三) 本件農地につき締結された水田預託契約は、米の生産調整(減反)と稲からより自給力向上の必要のある作物への転作を図るという国の政策(水田利用再編対策要綱)に基づく水田預託制度に従つて締結される契約である。そして、この国の政策上、岐阜県の場合約二割の転作が目標面積とされ、預託水田も目標面積としてカウントされるものの、目標が達成できないときはその分を翌年度に上乗せし、かつそれに相当する分の政府による米の買上げ予約限度数量が減じられる等のペナルテイーを課せられるので実質的には岐阜県の農家は約二割の転作が義務づけられている。従つて、資力、技術等の制約から転作が直ちにできない農家は水田預託契約を締結して目標面積達成に努めざるを得ないことになる。

原告は、国の右政策により、耕作面積の約二割については稲作ができず、稲作以外の転作(自己転作)をするか、水田預託契約を締結するか、いずれかの途を選ばざるを得なかつたのであるが、自己転作することは、営利の観点から不利であり、預託水田とする方が有利であつたから、水田預託契約を締結したのである。また、原告の場合、営農意思をなくし、義務付けられた二割の限度を越えて所有農地の例えば五割以上を預託水田とし、他は主として自家用消費米を生産するだけの農家と違つて、国の政策に応ずるため、やむなく、所有農地のうち約二割を預託水田として提供したのであつて、国の減反政策が放棄されれば、直ちに本件農地も耕作していたであろうことは、現実に本件農地を売却して一〇倍近い農地を購入し、直ちに耕作に着手していることからも明らかである。そして、預託水田の場合、除草、害虫駆除等の保全管理は実際は預託者がなすのが通例で、本件農地も実際に保全管理をしていたのは原告である。

以上のとおり、水田預託契約を締結した者は、転作者が見つかるか、あるいは本件の場合のように他に農地を買換えるまでの間、一時的に現実の耕作を中止するだけであり、しかもその中断が国の政策によりペナルテイーを課してまで義務付けられているのであるから、水田預託契約中の本件農地は、原告の事業の継続には必要不可欠の存在と言うべく、未だ、措置法三七条一項に規定する事業用資産としての性質を失つていないと解すべきである。

(四) 本件の場合、措置法三七条一項の立法趣旨に全く合致する場合であることも考慮されるべきである。

即ち、措置法三七条一項中、農地の場合の課税の繰り延べの特例は、市街化区域内にある農地は土地の有効利用の見地からすればできるだけ宅地に転換を図ることが望ましく、このような農地の所有者は市街化区域の外で営農するよう誘導するという国の土地政策もしくは国土政策から定められたものである。原告はまさにこの国の政策にそつて市街化区域内の農地を処分し、市街化区域外に農地を求めそこで営農を続けているのであるから、上記立法趣旨からも特例の適用を受けてしかるべきである。

(五) 水田預託契約を締結して保全、管理中の水田については昭和五七年度当時一反当り三万三〇〇〇円の管理転作奨励補助金が国から支給されていたことも事業用資産たることを示している。即ち、措置法三七条一項についての通達によれば事業に関連して貸付けられている作業員住宅、売店や下請工場等に貸付けられた自己の商品加工の為の土地建物は、その貸付けにつき相当の対価を得ていない場合であつても、事業用資産に該当するとされる。本件の場合、預託先である農協からは対価を得ていないものの、国から年間一反当り三万三〇〇〇円の補助金の支給を得ており、しかもその金額は我が国の標準小作料を上回つている。実質的には事業に関連して貸付けられ、しかも相当の対価を得ているのであるから、上記通達との均衡上も当然事業用資産と解しうる。

ちなみに法三七条一項及び措置法施行令二五条は事業と関連せず事業と称するにいたらない不動産の貸付けであつても、相当の対価を得て継続的に行うものであれば特例の適用を認めている。事業と関連して預託され、かつ実質的に相当の対価を得ていた本件水田はこれ以上に特例の適用を認められるべき場合である。

5  同5のうち、原告が、被告主張の農業委員会の証明書を添付していない事実は認める。

しかしながら、行政訴訟において追加主張は、これを許しても更正処分につき被処分者に格別の不利益を与えるものでない場合に例外的に許容されるにすぎないと解すべきところ(最判昭和五六年七月一四日、民集三五巻五号九〇一頁参照)、同5の主張のように手続上の問題については、原告に格別に不利益を与えないとの要件を満たさないことは明白であるから、同主張の提出は許されないというべきである。

第三証拠 <略>

理由

一  請求原因1並びに抗弁1、2、及び4の(一)の各事実については、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件農地の売却及び物件二、三の農地の購入につき、措置法三七条一項が適用されるか否かを検討する。

1  まず、抗弁4の(二)の(1)の事実すなわち、本件農地について原告が昭和五五年七月四日市橋農協との間で、水田預託契約を締結し、本件農地が譲渡されるまでの間、毎年右契約を更新してきて、その間、本件農地について全く耕作しなかつたことについては当事者間に争いがない。

2  次に、水田預託されていた本件農地が措置法三七条一項にいう「事業の用に供しているもの」に該当するか否かを考察するに、

(一)  同条項にいう「事業の用に供しているもの」とは、営利を目的とし、自らの危険と計算において継続的に行う事業のために使用する資産をいい、原則として、譲渡の当時、現実かつ継続的に事業の用に供していたことを要し、たまたま、現実にはその資産を事業のために使用していなくても、事業の用に供する意図をもつてこれを所有し、かつ、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であつた場合も含まれると解される。

そして、事業の用に供しているか否かは、右条項の文言からいつて、当該譲渡された資産の現況で判断すべきである。この点、原告は事業者の事業全体との関連で判断すべきであると主張するが、原告の主張のように解すると、資産の現況からみて、事業の用に供しているものとは認め難い休閑地なども「事業の用に供しているもの」に含まれることになり、ひいては、当該個人が何らかの事業を営んでおりさえすれば、その所有する資産全部が「事業の用に供しているもの」と解する余地もでてきて、不当な見解という他なく採用できない。なお、原告は、その主張の根拠として、工場用地の一部に植込みの用地がある場合や予備のモーターなどの予備の資産の場合を例として挙げるが、右の例も、資産の現況からみて、事業用資産と判断しうる場合に他ならない。

(二)  右の観点から、検討するに、<証拠略>を総合すると、本件農地について締結された水田預託契約は、水田利用再編対策実施要綱(昭和五三年四月六日五三農蚕第二三七九号)に定められた水田預託制度に基づくものであり、米の生産調整(減反)と米以外の作物への転作を促進するという国の政策に沿つたものであつて、右要綱によれば、転作目標面積を下回つた場合のペナルテイー措置として、翌年度の割合面積が上乗せされ、右割当分について政府買い入れ米として取り扱わない旨が規定されているが、右目標面積は、第一次的に都道府県別、次いで、市町村別に、続いて農業者別に配分され、右順序にて目標未達成か否かを判定するため、農業者個人が目標未達成であつても右ペナルテイーに必ずしも結びつかず、実際にも、昭和五七年度は岐阜県全体で目標面積が達成されているため、原告個人はペナルテイーは受けていないこと、右要綱に従つても、原告には、自己転作及び水田預託契約の締結という二つの選択肢があつたのであるが、原告は、自己転作は営農上不利との判断から水田預託契約を締結し、しかも、右契約には、自己転作の場合には解除できる旨の条項があるにもかかわらず、解除権を行使せず、本件農地を処分するまでの間、預託水田のままとしていたこと、原告は、水田預託契約を締結した後も、本件農地が譲渡されるまでの間、耕起、除草等の保全作業を行つていたのであるが、右は市橋農協から委託を受けて行つていたにすぎず、自己の農業経営のために行つていたとはいえないこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、原告は、本件農地を売却した当時、本件農地を現実に事業の用に供していなかつたものと認められ、又、仮に、原告に、本件農地を事業の用に供する意図があつたとしても、その意図が近い将来において実現されることが客観的に明白であつたとは認められないというべきである。

(三)  なお、原告は、措置法三七条一項中、農地の場合の課税の繰り延べの特例は、土地の有効利用という国の土地政策から定められたものであつて、原告は、まさに、右政策に従つて市街化区域内の農地を処分し、市街化区域外に農地を求め営農を続けているのであるから、右立法趣旨からいつて、特例の適用を受けてしかるべきである旨主張するが、市街化区域内の農業の用に供している土地についてのみ措置法三七条一項の適用されるべきことは条文上言うまでもなく、問題は市街化区域内の農業用地のうち措置法三七条一項の適用を受くべき土地如何というところに在るから、その譲渡した当該農地の具体的な該当性につきなんら触れるところのない原告の右主張は、その主張自体失当である。また、原告は預託水田について国から管理転作奨励補助金が支給されていることを理由に、預託水田は事業の用に供しているものである旨主張するが、<証拠略>によれば、右奨励金は水田預託制度の利用並びにこれによる米の生産調整及び米以外の作物への転作という国の政策を促進するために交付されるものであつて、事業の対価という性質を有しないものであるから、右奨励金を取得しているからといつて本件農地の運用につき対価を徴していることにはならず原告の右主張も採用できない。

以上のとおりであるから、水田預託契約が締結されていた本件農地は措置法三七条一項にいう「事業の用に供しているもの」に該当しないと認められる。

三  原告の本件農地の売却にかかる譲渡所得の金額を計算すると、別表(二)のとおり一億三一三九万〇五〇〇円となり、右譲渡所得金額及び課税される総所得金額に対して課される税額を計算すると、別表(三)のとおり、三六七三万一一〇〇円となるから、結局、本件更正は適法である。

また、国税通則法六五条一項により、過少申告加算税を計算すると、別表(四)のとおり一五一万円となるから、本件決定も、また、適法である。

四  以上のとおりであるから、その余を判断するまでもなく原告の被告に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田宏 大月妙子 源孝治)

別表(一)ないし(四) <略>

別紙物件目録 <略>

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